忘れられない事は思い出と呼ぶ事すらできない

 ストレスで体調を崩しまくっていたら夏が終わっていた。
アプリのカレンダーに予定を打ち込みながらふと、そんなことに気が付いた。
暦はもう9月も半ば。朝方、出勤時間がひんやりとした空気と薄明るさに染まっていることも最近では珍しくない。心地良い気温はいよいよ秋の訪れを感じさせる。
 思えば、嫌いな季節はうやむやなまま過ぎ去っていった。暑い日差しも流れる汗も上がる体温も、熱気に支配されるあれもこれも、何もかもが苦手だ。 夏に対して抱くこの感情はいっそ、一種の恐怖感に近い。昔は海にスイカに、それなりに楽しんでいた記憶もあるのだけれど。
 
 近頃はといえば何をするにもとんと興味が湧かない。なんとなく、で詰める予定のすべてが実のところどうでもいい。あってもなくても別に。
それらしく振る舞うために予定とするけど、無くなっても構わない、そんな感じ。
ライブも人もご飯も仕事も音楽も本もぺらぺらと実体を持たないまま身体をすり抜けていく。そしてそれと同じくして、自分の存在価値はどこにもないことも理解している。あってもなくても、なんだよね。ぺらぺらなのはどっちだっつー話。わはは。
 相も変わらず、ふとした瞬間のフラッシュバックはひどい。集中する、それだけのことがとても難しい。
この数ヶ月、色々とやれることは全てやって頑張ってきたつもりだったけれど、何一つ状態が良くなっていないことを鑑みるに、きっと頑張り方が間違っているのだろう。どうしようもない、本当に。でもそれなら、一体これ以上何をどうしたらいいんだろうね。分からないよ。
後悔することばかりを思い出して涙が止まらなくなって、痛くなる喉元とごめんなさいで埋め尽くされる頭。毎日そんなことばかりを繰り返していたら、少し疲れてしまった。
挙げ句の果てに現実から逃げ回るように週末に予定を入れて風邪をこじらせて。そのせいで祖母に会いに行くことができなくなった時、心底自分に嫌気が差した。
 なんだ、結局のところ、全部言い訳にしたいんじゃないのかお前。呆れながら問う自分自身にそうかもしれないなとぼんやり思った。
 
 ほぼ1ヶ月ぶりに会った祖母は驚く程に痩せて病状が悪くなっていた。
さすったところから肩や背中の骨が浮き出ているのが分かった。自立歩行が何かに掴まりながら、ひどくゆっくりとしかできなくなっていたことが信じられなかった。食べられる物も量も少なくなっていて、足の筋力が衰えて真っ白な足が怖いくらい細くなっていて。
転げ落ちるように悪化するらしい、という数ヶ月前の会話が現実になって表れていた。
 祖父の喋り方が、ただ病人を労る以上に長らく連れ添った妻を心配する優しさで満ちていたことも、余計に胸に刺さった。愛情っていうのかな、形に見えない愛しさとか優しさとか。たまらなく美しくて、同時にたまらなくしんどかった。
 冬になる前までは、なんてそんなこと言わないでよ。お願いだから。
 ぼろぼろと崩れ落ちていく全てを仕方が無いと受け入れるには、私は弱すぎる。
 
 強くなったつもりだった、何も変わっていなかった。生きてる意味が分からなくて毎日毎日やり過ごすようにしていたら、人がどんどん嫌いになって怖くなって、何もかもが億劫になった。
生きるに値する理由もなければ死んで許されるほどの理由もなくて、ただ死んじゃいけない社会的な理由だけがあって、考えないように足を進めていくしかなくなった。
 いろんなことが頭の中でぐるぐるする。いっそ全てを放り出してしまいたい。お仕事もお休みしてしまいたい。意識がなくなってひたすら眠りにつくような時間が欲しい。毎日ぐずぐずに泣いても許される立場が欲しい。
だけど現実はそうじゃないから、なんていうか、生まれてきたこと自体が間違いだったんだろう。大事に育てて貰ったのに何もできない出来損ないになってしまったことが、恥ずかしくて申し訳なくて仕方ない。
 ただそれ以上に色々としんどくなってしまった。それだけだ。自殺する勇気もないくせに、朝に夕に、どうしたら早く死ぬことができるか、そんなことばかりを考え続けている。眠たいなあ。

何かを求める行為が高慢であるならそれで構わない

 先日。喪服、を買いに行った。
恐らく(葬式に主催もクソもないにしろ)、それを近い未来使うことになる場面の主役である本人と。なんの悪い冗談だよ、ほんと。
 「あら、似合うじゃない」と椅子に座りながら言った祖母はけろりとした顔をしていた。私は曖昧にそうだねと笑んで、鏡の中を見つめるフリをしてそっと視線を外した。やるせなさでざわめく胸を押し込めて、泣かなかった自分を褒めてやりたい。
 最近の礼服はすごい。紳士服売り場の横、一階の左半分エリアのラック4つ分。値段のもっと高いものを含めればそれ以上。ずらりと並べられたそれらは使用用途に相応しい落ち着きがありつつも、裾のフレア感やウエストの絞り方、襟やリボンの有無ありとあらゆる可能な限りのお洒落みたいなものが詰め込まれていた。
購入したのはオールシーズン、ボレロとジャケットがセットのもの。スーツと同じで、ああいうのにも夏用とかあるの、知らなかった。
 学生服で葬式に出たのは記憶にある限り、1回きり。学生服を着るような年齢はとうに過ぎ去ったのだと妙な寂しさが胸をよぎった。別にいらないけど、そんな機会。
 本人が何気なく口に出す墓とかそういう話、が、じわじわと指先から染み込んでくる神経毒みたいに思える。やめてとも言えない。
週末顔を見に行く度に話せることにほっとして、歩く姿を見るとこのまま夏も秋も過ぎて年を越せるんじゃないかと思ったりもする。どうかできるだけ長く。
 もしもこのまま、こんな自分がどこにいるかも分からないふわふわした気持ちのままお別れを告げることになったら、私はきちんと心の底から悼むことができるのだろうか。あっちこっちとまた心が千切れて、自分のストレスで手一杯になってしまう気がしてならない。
不誠実過ぎて吐き気がする。
 
 なんというか、なんというか。
どうしてこんなことになっているのだろうと不思議で仕方なくて、途方に暮れていて、ひたすらに自分で自分を持て余している。
 22年と少し、これまで生きてきてずっと私は自分を比較的、理知的な人間であると思ってきた。それは思い違いだったみたいだ。
血の気は多い、感情的な部分だって少なからずある。だけど思考を停止したことはないし、多角的に見る基本姿勢は保ってきたつもりだった。ストレスだってきちんと自分の中で上手に消化をしてきた。
 本を読んで、音楽を聴いて、運動をして、ケアをして、人と会って、ご飯を食べて、きちんと眠って。分からない、これ以上一体何をどうしたらいいのか。ぐしゃぐしゃになったものを元通りに直すのはどうすればいいんでしょう。原因がすべて現状どうしようもできないことも分かっているから余計に苦しくなる、そういう悪循環。
 あれしろこれしろ未来はどうのこうの、先のことに期待を持ててたらこんなことにはなってない。全部がただのプレッシャーに感じる。やめてくれよ頼むから。
何度釘を指しても聞く耳を持たなかったわりに、思うままに伝えても結局理解できないと放り投げられる。そんな中途半端な優しさなら最初から向けないでくれ。
 たぶん、辛いんだと思う。たぶん、そう。よく分からないけど。頑張ってきたものがぽっきり折れてからずっと、離人感が拭えない。他人に迷惑しかかけないくせにほんとなんで生きてるの、お前?そう、心底不思議に思う。
 普通に生活を送っていても正常かそうじゃないかといえば間違いなく後者で、なんでもないことで不意にぼろぼろと涙が出たりそれがおかしくて笑いが止まらなかったり、なんか完全にぶっ壊れてるなあとは感じる。ほんとウケる、正気かよ。
些細なことがきっかけでフラッシュバックは止まらないし、慢性的な息苦しさにもそろそろ慣れてきた。いっそ流れに身を投じて受け入れる方がいくらかマシだと知ったのはつい最近。少なくともそれで蕁麻疹は治った。薬を飲めば眠気はきちんとやってきて、ただ朝が少し起きづらくなるのと日中眠気が残りすぎるのはいただけない。
 うん、そう、だから頭がおかしいなんてそんなのとっくの前から自分が一番分かってるんだよ。最高のエンターテインメントですね?スイッチで切り替えるみたいに簡単に感情を止められたら苦労なんてしない。反吐が出るなあ。
 
 春が来る前に死ななくちゃ、どこかで読んだか見たか、そんな言葉が頭の中をずっと漂っている。記憶がすべて綺麗さっぱり消えるかさもなくば。瞬きのうちにもうすぐ嫌いな季節がやってくる。
 助けて欲しい、とかもうそんなことを言うことすら許されないのだろうけど、それでも思ってしまう。エゴの塊過ぎて苦しいね。

色々なものに自覚的でないといけない

 昨日の記録。
 
 明け方6時。設定をオフにし忘れたアラームが立てる音を微睡みの中で消して、二度寝という久方ぶりの幸せに身を預けた。
途中、蚊に刺されたみたいに顔がかゆくてでも肌へのダメージを考えると掻くことはできなくて、最終的にむにむにとマッサージするようにつまんでいたことは覚えている。寝ぼけているくせにそういうところだけは思考が生きているらしい。
ただ起きたら蕁麻疹ぽかったから掻きむしらなくてよかったと心底思った。おかしなものを食べた記憶もないし疲れかストレスか。念のためキンカンを塗ったら擦って赤くなった頬がぴりぴりとした。
 その殆どを睡眠に溺れ、堕落した時間を過ごした午前中は気が付くと終わっていて、リビングの電波時計の1:02の表示に目を疑った。11時ではなく1時。味噌汁を飲みながらなんとなく虚しい気持ちになった。
 午後、久しぶりに祖父母の家へ訪れた。ソファに寝そべって目を閉じる祖母の姿に一瞬息が詰まって、反射的に目を逸らしてしまった。
 今月結構危ないかもしれないから、顔を見に来てやってくれ。祖父がそう言っていたと妹から聞いたのはつい先日。年明けに余命を宣告されてから5ヶ月弱、いつまでも元気でいてくれるんじゃないかと心のどこかで甘いことを考えていた。
話せる、歩ける、食べられる。普通の人が普通に行えることのすべてに「明日も必ず」という保証はない。誰だってそう。だけどその確率が他の人より低い人というのはいる。それだけのこと。
それだけのことなのに、悔しくて仕方がない。こんな理不尽があってたまるものかと思う。なんで、なんでなんだよ。馬鹿野郎。
 心に巣食うもやもやを誤魔化すように明るい話をした。仕事楽しいよ、みんないい人達だよ。その会話を向ける先が祖父ばかりだったのは否めない。
祖母と言葉を交わせば、向き合わなければいけない現実に捕われるような気がしていたのだと思う。話したくらいで悪化するような馬鹿げたことが起こるはずもないのに。どうしようもない臆病者だ。
 置いていかれることが怖い。怖くてたまらない。
医者でも魔法使いでもない私にはどうすることもできないんだからせめて心構えを、そう無理矢理納得させたはずだったのに。
 喪失感の積み重ねがいつか致死量を超えてしまうような、そんな気がしている。
 
 夜は大好きなamazarashiのライブへ行った。
元々は兄が好きで、そこから聴き始めたバンドだった。苦しくてたまらない時、何度も何度も助けられた。
優しく柔らかい真綿のような言葉で励ますんじゃなく、自分の代わりに理不尽な世界をぶち壊してくれるような、共鳴性の高い曲たちはいつだって私の神様だった。本当に大切なバンドだ。
アニメとのタイアップで爆発的に人気が上がった印象だけれど、ツアー中の数少ない東京公演(月末に追加公演が決まっているものの)、運良くチケットが取れてよかったと思う。ここ数年ずっと好きだったわりに、生歌を聴くのは初めてのことだった。
 5分と少し、時間が押して始まったライブは凄まじかった。息をするのも忘れるくらい、舞台に演出に曲に引き込まれた。Lyu:Lyuのライブを初めて観に行った時以来の感覚だった。
ふっと会場内の明かりが落ちてポエジーのイントロが始まった瞬間、心臓をぎゅっと掴まれた。
 ヒーロー、ヨクト、タクシードライバー。僅かに間をおいてワンルーム叙事詩、奇跡。エトセトラ。
MCもなくひたすら歌を、叫びを紡ぐ2時間、本当に素晴らしかった。腕を上げることも声を出すこともない、ただ拍手と何度も零れる涙と。
 ひろを聴きながらふと、三宅のことを思い出した。私は君に叱ってほしい。ねえ、私はなんだかとってもだめな情けない大人になっているんだ。彼女もまたいつまでも、19歳のままだから。
 よくよく分かったことがある。私はそれほど強い人間じゃない。折れきった何かにじっと耐えて治せるほど器用な人間でもない。自己評価は下方修正しなくてはならない。
お酒を飲むと頭が痛くなる最近は、どんどん逃げ場所がなくなっているようで苦笑しかもれない。逃避すら許されないとは困ったもので。
 たらればのいう「もしも僕が神様だったら嫌なやつは全員消して、でもそうすると僕以外皆いなくなるかもな、それなら僕が消えた方が早いな」というその通りなのだろうと、聴きながらぼんやりと考えた。
おしまい。

繰り返す度に思う「もうやめよう」が果たされたことはない

 ずっとふわふわとした状態が続いている。自分が何を思っているのか分からなくなって、とても気持ちが悪い。
 
 先週、9年と少し、一緒にいた愛犬が逝った。膵炎か胃腸炎、だった。詳しい検査結果が出る前に、たった3週間で、転げ落ちるように病状が悪化して逝った。
自分のストレスで手一杯でろくに構ってあげることのできなかった2週間、思い返すと申し訳なくて情けなくてどうしようもなくなる。ごめんねと謝ることですら自己保身のようで、何よりもういないあの子には何を伝えることもできない。歩けるうちに、ご飯の食べられるうちに、もっともっとたくさん気にかけて一緒にいてあげればよかった。いつだって寄り添っていてくれた家族のために、私は最期に何をしてあげられたのだろうと思う。
 最期の夜、荒い呼吸を繰り返すあの子の手を握りながら、初めて我が家に来た時のこと、大好きだったおやつのこと、一緒に帰省した時のこと、夜が深まるにつれ押し寄せる眠気に半分うわ言のようになりながら、思い出をぽつりぽつりと話しかけていた。段々と落ち着いていく呼吸音に、ああもうだめなのかと心のどこかで感じた。精一杯頑張ってくれたあの子をこれ以上頑張れと励ますことは、酷だとすら。少しして、突然零れ落ちるほど目を大きく開いたあの子を見て、慌ててその胸に当てた私の手の中で心臓はとくんとひとつ弱く音を立てて、止まった。数秒おいて、口と尻から溢れ出した血の鉄臭さが、ひどく鼻をついた。
 まるで眠っているようだった。目の前で起こったことなのに、実感なんて欠片もなかった。隣で泣く妹の声が他人事のように聞こえた。いつもみたいに声に反応してむくりと起き上がってくるんじゃないかと、何度も思った。
現実を直視したくない自分がいる一方で、冷静にすべてを見ている自分も確かに残っていた。1番あの子を可愛がっていたのは父だ。だからこそその反動が心配だった。明け方、ふと目が覚めた時に襖の向こうから聞こえた父の嗚咽をもらした泣き声が、耳から離れない。近しい人が苦しんでいる姿を見るのは、自分がそうなるよりもずっとずっと、苦しい。
 翌日、仕事を終え帰宅して横たわるあの子を見ても、眠っているんじゃないかという疑いの気持ちはなくならなかった。それくらいに穏やかな寝顔だった。
すっかり固まって冷たくなった身体を毛布に包んで火葬場へ連れて行った。もう苦しまなくて済むね、よかったねと話しかけた道中、壊れたように涙と鼻水が止まらなくなった。今ならまだ間に合うから、起き上がるなら今だよねえ、なんて馬鹿馬鹿しいことを考えた。
たったの1時間弱で、あの子は小さな小さな骨になってしまった。ふわふわで柔らかな毛も表情のよく出る小さなきらきらの目も、灰になって消えてしまった。生前は少し大きめね、と言われていた身体は4寸なんて小さな壺にすっぽりと入りきってしまった。冷たくて重い、だけど元の重さからは信じられないほど軽いそれを抱えた帰路ではもう、何も言うことができなかった。持つべき言葉や声を失ってしまったような気がした。
 生きとし生けるものはみな最後には必ず死ぬ、それは自然の摂理だ。けれど、あまりに短すぎやしないだろうか。9年間、そばにいるのが当たり前だった。染み付いた無意識は簡単に消え去ることはなくて、いつもあの子が回収していたサランラップの芯が紙ゴミの袋からなくならない、リビングで立ち上がっても後をついてくる足音が聞こえない、夕方のチャイムが鳴っても散歩を催促する声が聞こえない、そんな小さな差異を実感する度に心の底に重たく何かが溜まっていく。喉元に何か詰まっているかのように、呼吸が苦しくなる。
 この数ヶ月、ひとつひとつ、少しずつ生じて積み重なっていたズレが完全にバランスを崩してしまった。どうしたらそれを直せるのか、もう皆目検討もつかない。
 元気にならなくてはと思う。それが残された者の責務というわけではない、ただ元気がなければ自分も他人も不幸にしかならないから頑張らなくてはならない、多分。当たり前にできていたことをすべてまた、元通りにして過ごせるようにならなくてはと思う。そして今、それは概ねできている、多分。
 
 生きるとは一体何なのだろうかと朝電車に乗りながら、夜眠る前に、ふと考える。私はもしかすると、予定より少し長く生き過ぎているのではないだろうか。そんな空想めいた考えが頭をよぎるくらいには、なんでもいいから理由が欲しかった。そうでもしないと、足元が分からなくなる。呼吸する時間が伸びるほど、かんなをかけるみたいに1枚ずつ、生にしがみつく理由を削り取られている気がする。置いていかれる記憶が増えていく現実が、どうしようもなくしんどい。
 昔は夜が来ることが怖かった。明るい時間を塗り潰して陰鬱な気持ちを運んでくる真っ暗な夜が、たまらなく怖かった。だけど今は、眠って、朝が来ることの方が怖い。誰に保証されているわけでもないけれど、限りなく100%に近い可能性で私は目を覚まし、明日も明後日もやってくる。当たり前のその繰り返しが、足を止めたままの私の一部を置き去りにして、どんどんその距離が開いていくのだ。
 社会人としての生活の始まった今、毎日やることはある。休日だって人と会い、充実しているのだと思う。朝からきちんとした生活を送り病気になることもなく、身体面に何も不具合はない。仕事で新しい知識を学ぶ度に、楽しいと感じる。久しぶりに勉強をする感覚に、好きなことだけを学べる贅沢さを実感する。もっと頑張らなくては、と思う。
 それなのに、どこか感情の動きに心が全部ついていっている気がしない。借り物の身体を動かしているような感覚が離れない。ものすごく気持ちが悪い、本当に。
このもやもやしたものを突き詰めていくと、すべてどうでもいいやという感情に収束することは分かっている。何もかもが面倒臭い、だけど自ら死ぬ勇気はない、だからあわよくば誰か殺してくれないかとぼんやり思う。しいて言えば、奨学金ちゃんと返済しなくちゃいけないなあ、その程度のプライドが原動力となってこの身体を動かしている。かの先人の言を借りると、「誰か僕の眠っているうちにそっと絞め殺してくれるものはないか?」である。
 私は他人のために生きているわけじゃない。それは反対も然りで、私のために生きている他人なんていない。社会的動物であるがゆえ環境として生きていけないとしても、究極的に人は孤独だ。個人の力じゃどうしようもない他人の存在を自覚させられると、利己主義の塊みたいな人間であるためか、分かっていても現実にひどく落ち込みはする。
 
 頭で理解することと、噛み砕いて受け入れることは別物だ。時にそれは残酷なほどちぐはぐで、いつだってイコールにはならない。泣きたくて、だけどできないからただひたすら途方に暮れるような、そんな風に帰結することしかもう許されていないのだ。

考えていることと感じることとはまた別物である

 当たり前のことのようで案外分かっていなかったのかなあと思う今日この頃。
 
 昨日の昼過ぎ、潮の香りの薄い海岸で風に当たりながらぼーっと色々なことを考えていたのだけれど、頭の中で大きく容量を取るそれらはひとつだってまとまることも解決することもなかった。世知辛い。ない頭を絞っているんだから、ひとつくらいおまけしてくれてもよくないかい?かみさま。
まあでも、脳内ですべての問題が解決するならば今頃とっくに世界は平和になっているので、当たり前といえば当たり前なのである。
 無気力は人を殺す、この数年そう信じてはばからなかった私だけれど、未だに多分それは真実であると思っている。なんといっても、人が生を手放すことはひどく容易い。余談として、指先をつけた今の時期の海はまだまだ水温が冷たすぎて入水自殺する人ってほんとすごいなと思った(なお、このすごいは尊敬という意味ではない)。
 
 ワインボトルを1本空けてみるも、なけなしのプライドと体質が思考へのアルコールの侵食を止める、理由のわからない涙が少しずつ頭を覚めさせていく、だんだんとクリアになる頭の中でぼんやり思う、目を閉じてこのまま朝が来なければいい。
 幸せな時は悪夢を見て、辛い時には幸せな夢を見るという話を中学時代によく聞いていた。
当時はたしかにねーなんて笑い飛ばしていたわけだけれど、この年になって個人的に思うのは、辛い時に見る幸せな夢ほど悪夢であるものはないということ。
いつだって自分を効果的に傷つける方法は自分が1番よく知っている。いやはや、まったくもって腹立たしい。被虐趣味など別にないというのに。
目を閉じて、夢の中で終われたのならそれは間違いなく幸せだろう。だけど生憎私たちには目覚めた後の現実が待っているわけだ。どんなにへそを曲げてそんなことを思ったところで、多くの場合、目が覚めないことはない。
だから、眠るように生を終えることができる施設があったとしたらすぐに駆け込むのではないかと、真剣に考える時が数年おきにくる。
 仮定に縋ることですら、ひどく気力を使うのだ、仕方がない。
……どうでもいいのだけれど、仕方がない、という言葉を自分にかける時、ほんの少しだけ罪悪感に苛まれる。
ひとにかける分には全く気にならないのに不思議なものだ。
ひとに優しく、自分に厳しく。文言の耳触りはいいけれど、自身が生きにくいことには違いない。
 
 自分の気持ちや、心や、その他すべてのものをかけてひとの幸せを願うことはやっぱり少しおかしいのかも、しれない。

名称をつけることで脳内の整理を図るのだ

 よろしくない、非常によろしくない。精神衛生の話である。
 寒さがしんと指先から染み込んでくるようになったせいか、心の中になんとも言えないさみしい気持ちが居座り続けている今日この頃。居座り続けていたものが冬になるにつれて存在感を増してきたという方が正解なのだろうけれども。
結果、元気なペシミストとかいう訳の分からない状態に陥っている。楽しいものは楽しく、美味しいものは美味しい、なんて都合のいい。
 厭世観は年に数回お決まりのようにくるので今更なのだけれど、どうにも今年はそれが重いように感じる。原因はなんとなく。多分、春から環境が変わることに対する不安が大きいのだろう。
適応能力が低いわけではないしそこそこ馴染んでいく確信もあるのに、今にしがみつこうと必死になってしまう。時間だけが過ぎ去っていって、気が付けば今年も残すところあと2ヶ月だなんて。憂鬱とも落胆とも言えるずどんとした感情が胸中を占める。このまま心と体が千切れて離れ離れになってしまうような心配が、常につきまとっている。
 積極的に生き急ごうとも思わないけれど、そこにある種の諦念があることは否めない。生あるものは皆いつか死ぬのである、なんちって。
陽の落ちたホームで電車を待ちながら、人って本当にふらりと死んでしまえるのだなあと妙な納得をしたことも記憶に新しい。辛いことで心を摩耗していなくとも、なんとなくで人は死を選べるのだ。念のため断っておくと、勿論、だから自分がどうこうというわけではない。
 ひととの繋がりを色んな形で可視化するスマホは便利だけれど、多分最近はそれに少し疲れてしまった。何も持たず外の冷たい空気の中を散歩すると心の中が換気される気がする。
それくらい見たくないもの、聞きたくないもの、知りたくないものは世の中に意外と多くあって、時々ワッと泣いて逃げてしまいたくなる。はたまた、理不尽に怒りを燃やして当たり散らしたくなる。まあ、とどのつまりは現実逃避なのだろう。そうして、何もかもを誰かのせいにしようとする自分に毎日のようにうんざりしている。
けれど、自分だけが悩んでいると思うなという台詞はノーサンキュー。そんなことは何よりも先に理解しているし、その上で自分一人の感情で精一杯になっているのだから他者の事情など慮る余裕はない。第一、個人差しかない感情面の問題を並列に語るなんて理想論じゃないだろうか。
 自分でどうにかできたらいいのだけれど、これがなかなかどうして上手くいかない。どころか、嘘も愛想も確実に下手になっている、本当に困った。あれこれ壊して回りたいわけではない(と思う)のに。
 どこかに根暗に効く良い処方箋があればなあと、ひたすらに瞼を閉じてはそれを探す日々である。おやすみ。
 

「趣味特技:悩むこと」からの脱却はまだできそうにない

 前回の日付を見て何ともいえない気持ちになっている。約4ヶ月。歴史は繰り返す。気が付けば8月が終わっていた。
 夏らしいことが何かできたかと随所で聞かれる今日この頃、なんとなく困ってしまうのはどうしてなのだろう。楽しいことは、少なく見積もっても片手以上にはあったはずなのだけれども。
いかに刹那的に日々を生きているか証明しているようだ。
 
 
 何ヶ月もしまい込まれている教科書なんぞをちらりと広げてみると、ろくすっぽ使ってない頭からは知識が零れだしていることを実感する。
狂牛病じゃないけれど、まるで脳が干からびたスポンジそのもの。
このままだと活字を読めなくなってしまいそうで少し、いやだいぶ、怖い。数少ない趣味の消失は防ぎたいところだ。
 とは言うものの、可及的速やかに読書をせねばならない、そんなスライスチーズほどの薄い強迫観念を持ち続けて早数ヶ月。全うされる日は何処や。
読みたいものはA4用紙いっぱいにリストアップできるくらいあるのだけれど、如何せん色々なものが足りない。頭、時間、お金。
24時間の使い方がもっと上手ければいいのにと心底思う。
 
 
 しばらく穏やかな状態が続いていたせいか、久しぶりに悩みの種ができるとそれがとてつもなくしんどい。こんなにストレス耐性低かったかしらと自問自答してしまうくらいには。まさに平和ボケの弊害だ。
 就活で常に気力ゲージが削られていることを差し引いても、電子の文字にひどく心波立つのは我ながら辟易する。なんとも心が狭い。
嫌な人間になりたくないと思った時にはもうそのものになってしまっていたりするのだ。(似非)博愛主義が聞いて笑わせる。
対人関係を狭めるとコミュニケーションが下手になるということがこの3ヶ月ほどで身に染みてよく分かったので、余計に二進も三進もいかない。他者を慮る気持ちは関わり合いの中で生まれているらしい、私の場合。
傷付くのは嫌だし傷付けるのも嫌だ。駄々っ子のようにお布団の上で転げ回りながらそんなことばかりを考えている。不毛な行為にこそ真理が隠されているのだなんちゃらかんちゃら。
 私にとっての好きは誰かにとっての都合の悪いもの足り得、逆もまた然り。一個人の感情は混ざり合い溶け合うことなんてできない。好き+好きが大好きになるなんてことはないのである。いっそのこと式ができたら楽なのに。
冗談や軽口をそれと認識できなくなるくらいには参っているのだと思う、多分恐らくきっと。いや、そもそも冗談だと思っているのはもしかしたら私だけなのかもしれないけれど。
 リセットもデリートも許されていない現実に、時々、どうしようもなく眩暈がする。
人生にも攻略本があったらいいのになあ、なんてね。